ベルリンの壁にて......
「ベルリンの壁」が崩壊してから20年経ちました。
ベルリンでは今年、
いろいろな20周年記念行事が行われています。
ベルリンには、壁の崩壊前にも崩壊直後にも行っていますが、
同じ国民を、家族を、親戚を、友人を……
一夜にして切り裂いた厚く高い壁を見たときの、
恐怖感と暗澹たる気持ちは、今もよく覚えています。
西ベルリン側にある物見台に上がって東ベルリンに目をやると、
そこには古ぼけた建物の並ぶ、静まりかえった町が見えました。
人通りもほとんどありません。
ときおり通るクルマにしても、完全に時代から取り残された代物です。
一方、西ベルリン側に目を移すと、
戦後、驚異の経済復興を遂げ、繁栄を謳歌し、
欧州の盟主たらんとする活気溢れる街並みが展開していました。
壁と鉄条網の向こうには東ドイツの監視塔があり、
銃をもつ兵士が監視していましたが、
一度、そんな監視兵と目が合ってしまったことがあります。
監視兵の目は、背筋がゾクッとするような鋭いものでした。
壁を越えようとした人は容赦なく彼らの銃の的になったのです。
旧検問所のそばにはこんな青空市場が並び、
この人は旧東ドイツ軍のあれこれを売っていました。ゴルバチョフのポスターも……。
(撮影・岡崎宏司)
ブランデンブルク門は東側にありましたが、壁崩壊後、
間もなく改装工事に入りました。観光客の多さがおわかり頂けるでしょう。
このハンマーは、観光客が「壁」を打ち壊して持ち帰るためにレンタルされます。
15分で約500円くらいです。
こちらはプラスチックのケースに入った壁の破片です。
1個800円ほどでしたが、かなり売れていました。
そんな壁が崩壊したのが1989年11月9日。
東西の人たちが歓喜の叫びを挙げ、涙を流し、抱き合い、
そして、若者たちがハンマーでベルリンの壁を打ち砕く映像は、
世界中のTVの前に人々を釘付けにしました。
その半年ほど後のことだったと思いますが、
僕はベルリンに行く機会に恵まれました。
旧検問所から東側に入ったすぐ近くには、ベネトンを扱う店が出ていました。
かつて、東西が厳しく対峙していた検問所、「チェックポイント・チャーリー」の壁崩壊後の様子です。
東西のクルマが、人々が、自由に行き来しています。2台目の赤いクルマは東ドイツ製のワルトブルグです。
今日、ご紹介するのは、そのときの写真でした。
トヨタが発行していたPR誌、
「モーターエージ」誌に掲載した写真をデジカメでコピーしたものなので、
写真はきれいではありませんが、
当時の「壁の付近の雰囲気」はおわかり頂けたと思います。
では、また明日。

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1940年東京生まれ。日本大学芸術学部放送学科卒業。文化的側面からクルマを斬る自動車評論家。輸入車がレアだった45年以上前に、「旅行に行くから」と言って借りた、父のノーマルのベンツでラリーに出場し、優勝したという、やんちゃな過去も。




