2010.03.02 23:50
マイバッハの旅 その2
ハンブルグはドイツでもっとも古く、
そして重要な港町として繁栄を続けてきました。
今でも、古くから財を成した人たちが、
数多く住んでいると聞いています。
高級住宅街をマイバッハの後席で眺める機会がありましたが、
その多くが、表面的な贅沢さを競うのではなく、
抑制の効いた贅沢さを競うといった佇まいだったことには、
ハンブルグという街の歴史の重みを強く実感させられました。
ディナーも静かな古い館で行われました。
ディナーで出されたワインは、
ワイン通によれば、「めったには飲めない代物」とのことであり、
食事の後の「マイバッハ・スペシャルブレンド」のシガーもまた、
シガー通によれば、「特上のもの」だったようです。
残念ながら、僕はアルコールにからきし弱く、
シガーにも嗜みがないので、
その恩恵に浸ることはできませんでしたが……。
マイバッハ・スペシャルブレンドのシガーです。ライターとシガーカッターもマイバッハの紋章入りです。
(撮影・岡崎宏司)
ディナー会場の庭に置かれたマイバッハ・ツェッペリン……1920〜30年に作られた超高級車です。
威厳とエレガントさを兼ね備えています。
ショーファードリブンのマイバッハ62でディナー会場に向かいました。
こんなシチュエーションで写真を撮るなんて「あ〜あ」ですね。
ディナー会場の暖炉……暖炉の炎ってほんとうにいいですね。想像力を刺激されます。
1920年代に作られていたマイバッハ・ツェッペリンのオーナメントは、現代のモデルにも受け継がれています。
現代のマイバッハのオーナメントです。
では、また明日。
そして重要な港町として繁栄を続けてきました。
今でも、古くから財を成した人たちが、
数多く住んでいると聞いています。
高級住宅街をマイバッハの後席で眺める機会がありましたが、
その多くが、表面的な贅沢さを競うのではなく、
抑制の効いた贅沢さを競うといった佇まいだったことには、
ハンブルグという街の歴史の重みを強く実感させられました。
ディナーも静かな古い館で行われました。
ディナーで出されたワインは、
ワイン通によれば、「めったには飲めない代物」とのことであり、
食事の後の「マイバッハ・スペシャルブレンド」のシガーもまた、
シガー通によれば、「特上のもの」だったようです。
残念ながら、僕はアルコールにからきし弱く、
シガーにも嗜みがないので、
その恩恵に浸ることはできませんでしたが……。
マイバッハ・スペシャルブレンドのシガーです。ライターとシガーカッターもマイバッハの紋章入りです。(撮影・岡崎宏司)
ディナー会場の庭に置かれたマイバッハ・ツェッペリン……1920〜30年に作られた超高級車です。威厳とエレガントさを兼ね備えています。
ショーファードリブンのマイバッハ62でディナー会場に向かいました。こんなシチュエーションで写真を撮るなんて「あ〜あ」ですね。
ディナー会場の暖炉……暖炉の炎ってほんとうにいいですね。想像力を刺激されます。
1920年代に作られていたマイバッハ・ツェッペリンのオーナメントは、現代のモデルにも受け継がれています。
現代のマイバッハのオーナメントです。では、また明日。




1940年東京生まれ。日本大学芸術学部放送学科卒業。文化的側面からクルマを斬る自動車評論家。輸入車がレアだった45年以上前に、「旅行に行くから」と言って借りた、父のノーマルのベンツでラリーに出場し、優勝したという、やんちゃな過去も。




